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舟和の歴史

 創業 明治35年

 

   「芋ようかん」と「舟和」

 

 浅草寿町で、芋問屋を営んでいた創業者小林和助が、同じく浅草の和菓子職人だった石川定吉さんと共に、当時は高価で庶民の口に入らなかった煉ようかんの代わりに、身近なさつま芋を使い、芋の研究から始まって、蒸し方や、砂糖の量など研鑽し、完成したのが芋ようかんです。 

 明治35年(1902年)に現本店所在地東京都台東区浅草1丁目22番10号に羊かん司「舟和」として、芋ようかん、あんこ玉、栗むしようかん、煉ようかんを販売する店として開店致しました。

 
 

創業当時の本店(明治42〜3年頃)

創業当時の本店

 

  「みつ豆」の始まり 明治36年

 

 モダンな洋銀の器を使用して、角寒天、甘煮杏、ぎゅうひ、赤えんどう豆を盛り、特製の白蜜、黒蜜のどちらでもお好みにかけて銀製のスプーンで召し上がるみつ豆を、舟和が初めて考案いたしました。当時しん粉を用い、赤えんどう豆、糖みつをかけただけのみつ豆を、現在のみつ豆のように、内容を充実し、衛生的に高級感を増して売り出したのです。

 今では、全国の喫茶店で召し上れるようになりましたが、舟和が世に先駆け「みつ豆ホール」を開設し、初めて喫茶店でみつ豆をご提供したのが、「舟和がみつ豆の元祖」たる所以です。
 

大正後期の舟和「みつ豆ホール」

明治から大正にかけてのみつ豆ホール、人気を博しました。

 

大正時代の舟和

 

 日ごと賑わいを増す浅草で、舟和はご愛顧を賜っておりましたが、変動大きいこの時代、また関東大震災等の困難を乗り越えながら、浅草の復興と共に舟和も成長を続けました。
 

 

昭和時代の舟和

 

 昭和8年、4店の支店ができましたが、昭和20年戦災による約1年間の本支店の閉店を経て、昭和21年5月本店を再開いたしました。

 昭和27年4月、舟和の芋ようかんは東京都観光協会によって観光土産品に推奨されました。昭和28年には日本橋白木屋(旧東急百貨店日本橋店)に出店し、その後、お客様のご愛顧を有り難く賜り、多店舗にわたる出店となりました。

 昭和50年5月、地上6階地下1階建ての浅草本店を新設しまして、売店及び和風喫茶室を開店し、現在に至ります。

 昭和・平成の時代にかけて、さらに美味しい芋ようかんへの研究や新商品の開発にも携わっております。

 

現在の舟和店舗

浅草・新仲見世の本店

 

 浅草・舟和本店は平成14年度にお陰様をもちまして100周年をむかえました。これからも創業者の信念に基づき、製品の安全・安心を第一に、お客様に美味しいお菓子をお召し上がり頂けますよう、従業員一同一心に取り組んで参る所存でございますので、相変わらぬ愛顧を賜りますよう心よりお願い申し上げます。